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源頼朝と土肥実平

治承4年8月17日源頼朝の挙兵→治承4年8月20日相模国土肥郷への進軍→治承4年8月23日石橋山の合戦治承4年8月24日相模国土肥椙山隠潜治承4年8月27・28日安房国への船出治承4年8月29日安房国上陸治承4年9月5日洲崎神社参拝

吾妻鏡 治承4年8月20日 相模国土肥郷への進軍(実平ゆかりの地)

 頼朝の監視役であった山木判官の平兼隆を討ち取った頼朝軍は、治承4年8月20日に伊豆の国を出て、相模の国土肥郷へ進軍しました。おそらくは土肥郷を治めていた土肥実平の館で、今後予想される戦への仕度を整え、また軍議を行ったものと思われます。
 この土肥郷は、現在の神奈川県湯河原町・真鶴町・小田原市の一部にあたりますが、その中心地であったと推測される湯河原町には、多くの土肥実平ゆかりの旧跡が残っています。
 


土肥実平の銅像と土肥氏館趾の碑
 
土肥実平の銅像と土肥氏館趾の碑
(どいさねひらのどうぞう と どいしやかたあとのひ=神奈川県足柄下郡湯河原町)

 JR湯河原駅のロータリーには土肥実平の銅像と土肥氏館趾の碑が建てられています。
 土肥氏の館に関する遺構は現在のところ確認されていませんが、湯河原駅周辺の地形や現在も残る「御庭」や「御庭平」の地名などから湯河原駅から土肥氏の菩提寺である城願寺にかけての一帯に土肥氏の館があったものと推測されています
 
交通:JR東海道線湯河原駅駅前ロータリー内

土肥城址の碑
 
土肥城趾の碑
(どいじょうしのひ=神奈川県足柄下郡湯河原町)

 湯河原駅の北西にそびえる標高563mの城山の山頂には土肥城趾の碑が建立されています。
 この土肥城趾が、実平をはじめとする土肥一族となんらかの関係がある城跡なのかは、現在のところ定かではありません。
 多くの城郭研究者は、中世の城郭であることは間違いないが、室町期の大森氏や戦国期の後北条氏ゆかりのものではないかと指摘しています。


交通:JR東海道線湯河原駅から徒歩90分(城山ハイキングコース)、もしくは湯河原駅から箱根方面行きのバスで「城山入り口」「しとどの窟」下車。徒歩20〜30分

城願寺
城願寺
(じょうがんじ=神奈川県足柄下郡湯河原町)

 JR湯河原駅の北側に建つ城願寺は、土肥実平の菩提寺で、境内には頼朝主従七騎の木像を祀った七騎堂や実平の手植えと伝えられるビャクシンの大木(国指定天然記念物)などがあります。
 また、本堂に向かって左手の墓所の一角には大小約50基の石塔が並ぶ土肥一族の墓所(神奈川県指定史跡)があります。



交通:JR東海道線湯河原駅から徒歩10分
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