わが国初の武家政権である鎌倉幕府を開いた源頼朝と、その頼朝に平家追討の挙兵時から従い、鎌倉幕府の草創期を支えた御家人土肥実平。この2人はいずれも真鶴の歴史と深いかかわりをもっています。
源頼朝は、平家追討の挙兵の後、石橋山の合戦で平家方の大庭景親軍に敗れた際、土肥実平の案内で土肥の山中に逃げ込み、平家方の追っ手から逃れ、真鶴から海路安房の国へと脱出しました。
また、土肥実平は土肥郷に勢力のあった武士であり、その土肥郷とは現在の湯河原町、真鶴町、小田原市の一部であったとされています。
そんな真鶴ゆかりの人物、源頼朝と土肥実平を、挙兵から安房の国への逃走までの13日間を主に吾妻鏡の記述に沿って紹介します。
・源頼朝 ・土肥実平
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